今年3月、「住宅セーフティネット法」の改正案が国会に提出されました。同法は、障がい者や低額所得者など「住宅確保要配慮者(以下、要配慮者)」の居住安定確保を目的に制定された法律で、今回の改正では特に“単身高齢者”への賃貸住宅供給支援が図られます。

今後、高齢者ニーズの増大は確実ながら、病気や孤独死等のリスクを懸念して受け入れに二の足を踏む賃貸経営者は少なくありません。改めていま、高齢者ニーズにどのように向き合っていくべきでしょうか。

既に総人口の約3割が65歳以上

そもそも、なぜいま住宅セーフティネット法が改正されるのかといえば、それだけ日本の少子高齢化が抜き差しならない状況となりつつあるからでしょう。出生数が過去最低を更新し続ける中、総人口に占める65歳以上人口の割合を示す高齢化率は、2022年に29%を記録。既に約3割である高齢者の割合は、人口減少と併せて今後も上昇、2050年には37%に達すると予測されています(内閣府「令和5年版高齢社会白書」)。

人口の4割が高齢者といわれても想像の難しいところですが、昨今の空き家の増加や相続関連の法整備、介護保険料・後期高齢者医療保険料等の値上げに、高齢化の進行を実感されている方は多いはずです。そして、そんな深刻な高齢化社会が25年後にやってきます。10年、20年と安定的に賃貸経営を続け、事業を承継していくためには、「高齢者の受け入れ」について今のうちから戦略を立てておくことが望ましいと言えます。


積極的受け入れに活用したい住宅セーフティネット制度

リスクばかりが取りざたされる高齢者ですが、「長期入居が期待できる」「駅近でなくとも需要がある」「過熱必至の“若年入居者の獲得競争”に参加せずに済む」など、受け入れるとなれば経営上のメリットは十分に期待できます。そして受け入れを積極的に進める際には、前述の「住宅セーフティネット制度」はぜひ活用を検討したい選択肢です。

高齢者をはじめとする「要配慮者」への賃貸住宅提供を推進する同制度は、「要配慮者の入居を拒まない賃貸住宅」として物件を登録することで、入居希望者のマッチングや、住宅改修費用の補助などの行政支援が受けられます。登録要件は①耐震性を有する、②床面積が原則25㎡以上、③台所・トイレ・浴室等の一定設備を有する等で、さほど高いハードルではありません。



物件の登録方法は2種類あり、要配慮者のみが入居可能な【専用住宅】と、それ以外の方も入居できる【登録住宅】のどちらかを選べます。高齢者のみ、障がい者のみと受け入れ範囲も設定でき、1部屋からでも登録できるため柔軟な運用が可能です。


制度活用で集客強化 改修コスト減のメリットも

制度活用の一番のメリットは、やはり集客効果でしょう。メインターゲットである若年層が減少し、稼働率維持が難しくなるエリアにおいては、行政という集客チャネルを持てることは大きな強みです。また、【専用住宅】として運用する場合には、住宅改修に補助金が利用可能。バリアフリー工事や断熱・耐震改修などに対し、戸当たり50万円・工事費の3分の2までの補助が受けられます。

さらに、今回の改正案には、要配慮者の安否確認や見守りを社会福祉法人等が行なう「居住サポート住宅」の創設、生活保護者の住宅扶助費(家賃)を貸主に直接支払う「代理納付」の原則化、居住支援法人による「残置物処理」の推進など、賃貸経営者の不安軽減を図る工夫が盛り込まれています。こうした仕組みを活用できれば、通常よりも負担なく高齢者の受け入れを実現していけるでしょう。


高齢者受け入れ準備は小さな改修から

とはいえ、制度の利用には「要配慮者の入居を拒まない」という条件がつくなど、心理的なハードルがあることも事実。また、エリアによって高齢者受け入れの必要度は異なる以上、まずは市場のニーズを確認しながら物件自体に少しずつ手を加え、高齢者受け入れを段階的に進めていく戦略も有効です。


高齢者に評価される部屋づくりをする場合、第一に進めるべきは「バリアフリー化」です。といっても難しく考える必要はなく、最初は階段や廊下などへの手すりの設置、クッションフロアなどの柔らかい床材の導入などから始めて、段差解消工事や車椅子対応などは、市場のニーズや集客の手応え、コスト等を考慮して実施の是非を決めていきましょう。

また、昨今増えている「暖房機能つきの浴室乾燥機」の導入も高齢者向け賃貸には有用です。これは「ヒートショック対策」としてアピールできるためですが、高機能の浴室乾燥機は若年層にも支持される設備であり、ターゲットを絞りすぎない柔軟な集客に役立ちます。


見守りサービスなど運用面で対策

一方で、高齢者受け入れには運用面のリスクヘッジも必要です。身寄りのない単身高齢者の入居となれば「家賃保証会社」の利用は欠かせませんし、万一に備えて「見守りサービス」も導入したいところです。気をつけていても悲しい事故は起こるものであり、「孤独死保険」に加入する、賃貸借契約に「残置物撤去の特約」を盛り込むなど、最悪の事態を想定したリスク対策も検討すべきでしょう。

今後ますます少子高齢化が進む以上、賃貸経営においても高齢者を積極的にターゲットとして捉えていくことは必須です。市場動向や制度改正など社会の動きにアンテナを張り、時代に適した経営のかじ取りをしていきましょう。